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2013年2月 3日 (日)

伯父の死

2011年11月に進行した癌が見つかり、余命半年と聞いていたが1年2ヵ月後の今年1月30日に帰らぬ人になってしまった。正月にも危険な状況になり、今のうちに見舞いに行かなければという親の勧めで1月12日に病室で会うことができた。1年前とは随分見かけが変わり、やつれた様子だった。でも帰り際に布団から手を出し、私に握手をしてくれた。

そして1月28日には満87歳の誕生日を迎えることができた。

2月2日の葬儀に出席し、棺の中の伯父を見たが、生前の面影は殆どなかった。

出棺、火葬、収骨となり、とうとう伯父の肉体はこの世からなくなってしまったことを痛感。

今回、あらためて死を通して生を考えることができた。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

母のことを思い出しました。
生きてたら今月6日で79歳。
せめて80までは・・・とかおチビの七五三までは・・・とか・・・
仕方の無いことだけど(死は)悲しいですね。

投稿: キウイ | 2013年2月 4日 (月) 13:56

>>キウイさん

キウイさんは母、おこめさんは父をそれぞれ思い出させてしまうかもと心配しながら記事を書きました。
伯父は温厚で物静かで、しかし芯の強い人だったから大好きだったし尊敬をしていました。

家内は伯父には数回しか会ったことがないのですが、やはり大好きだったようで、葬儀のときは目を真っ赤にして涙を流していました。

投稿: 十弦 | 2013年2月 4日 (月) 22:26

大切な人の死は寂しいものですね。
私の父は 大酒に ヘビースモーカーと 不摂生をしながら 80歳まで生きてくれました。 最後は苦しかっただろうと思えるのが残念ですが、 周りにいい人に囲まれていました。 キウイさんのお母さんも 十弦さんの叔父さんも 私の父も どこかで 私たちを見守ってくれていることを願います。 そして なくなった方々を 懐かしんで私たちもがんばらないといけませんね。

投稿: おこめ | 2013年2月10日 (日) 06:45

>>おこめさん

おこめさんも辛い思いをされましたよね。
私はまだ実の両親との会話ができるので幸せ者です。

しかし、諸行無常。私も含め総てが今の状態が永遠には続かないので、伯父の死以降、色々と考えることが増えました。

投稿: 十弦 | 2013年2月11日 (月) 09:34

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